香港ポスト (香港における訴訟の費用と時間)
- 2023年12月18日
- カテゴリ:コラム
香港における訴訟の費用と時間
はじめに
クライアントは、紛争を解決するために訴訟を起こす。当初は、金銭的損失を回復するだけではなく、『相手方に教訓を与えたい。』『スタッフや取引先相手のためにも落とし前をつけないと。』『日本人として自分たちの体面を保ちたい。』などと考えるのが常であるが、本当に訴訟で解決するかどうかを検討する前に、この記事をお読みいただきたい。
訴訟にかかる時間と費用
過言ではなく、香港の訴訟費用は世界最高水準にある。その理由のひとつは、複雑な手続きを数多く踏まなければならないからであり、もうひとつは、香港がイギリスと同様にコモン・ローの法体系であるため、訴訟を起こす場合は、ソリシター(事務弁護士)やバリスター(法廷弁護士)を雇うという伝統を受け継いでいるからである。香港の訴訟ではソリシターとバリスターが役割を分担し、ソリシターは、依頼者から直接依頼を受け、裁判に関わる書類作成や法廷外の訴訟活動を行うのに対し、バリスターは、ソリシターのみから依頼を受け、法廷での弁論や専門的助言をする。なお、弁護士は、ベリスターがソリシターの両方を兼務することはできず、また、バリスターは、クライアントから直接依頼を受けることは出来ない。係争金額が大きな複雑な案件では、バリスターの中でも特に高度な法律知識と地位があるシニアカウンセル(Senior Counsel 稙民地時代には、Queen’s Counselと言われた。)が必要となり、その場合は、更にシニアカウンセルの助手であるジュニアカウンセルを一緒に雇わないと依頼を引き受けてもらえない。結局のところ、バリスターを雇わなければならないのはソリシターであり、ソリシターはバリスターの弁護士費用を支払う最終的な責任者となる。ちなみに、私自身は、ソリシターである。
香港訴訟におけるもう1つの大きな懸念材料は時間であり、通常、法的措置の開始から終結(判決)までに2~3年間かかる。まして香港に法人がない日系企業を香港で訴える場合は、原告は事前に裁判所の許可 (11番命令Order Eleven)を取る必要があり、香港域外の日本にまで送達を行わないといけない場合は、これだけで1年かかるケースも有り得る。更に、日系企業でそれまでのやり取りや契約書が日本語の場合は、それらの翻訳も必要となる。もちろん私の様に日本語が出来る弁護士であれば、一々翻訳せずとも理解することは出来るが、最終的に、裁判所へ提出する証拠書類の段階では必ず翻訳が必要となる。
香港は、三審制度であり、原訟法院(Court of First Instance)――>上訴法院(Court of Appeal)――>終審法院(The Court of Final Appeal)である。なお、もし被告が十分な資産家であれば、金銭に糸目をつけない作戦で、上位の裁判所に訴える権利もある。
以上のような理由により、費用と時間がかかるために、現実的には、最後の裁判まで行くケースは10%もない。
なお、日系企業からはよく聞かれるが、香港で弁護士が成功報酬又は条件付き報酬を受け取ることは禁止されている。この数年間でも、何人もの香港弁護士が成功報酬を受け取ったとの理由で有罪となり、執行猶予の付かない実刑判決を受けた。
訴訟の流れ
香港の訴訟は段階ステップ毎に進み、決して一晩で問題解決できる方法はない。
A.訴訟の前段階
法的措置を開始する前に、相手方にこちらの要求(通常、賠償金の支払いや、契約条項などの特定の事項の遵守、不正行為の自粛など)に従うように求める督促状を送付する必要がある。通常3ヶ月から6ヶ月以上かかる。もしこの督促状が無視された場合、或いは、弁護士同士の書面でのやり取りで埒が明かない場合は、他の方法はないため法的措置を開始せざるを得ない。またこのステップを経ずに訴えた場合は、例え、勝訴した場合でも相手に負担してもらえる弁護士費用が大幅に減らされてしまう恐れがある。
B.訴状(素人の言葉:主張)段階(Pleadings)
3つの手順
1) 原告からの訴状(Statement of Claims)
2) 被告からの抗弁書(Defence)もし、反訴があれば、抗弁書及び反訴書になる。
3) 最後に、原告からの返事書(Reply)、もし、反訴があれば、返事書及び反訴に関する抗弁書(Reply and Defence to Counterclaim)となる。
この段階の目的は訴訟の範囲を決めることである。つまり、訴状段階が終わると、もし新しい主張(例えば訴状に新しい内容)を追加したい場合は、裁判所の許可が必要となる。なお、そうすると、相手も自分の主張を修正・追加しないといけない(例えば、訴状の修正に応じて自分の抗弁書を修正する)つまり、さらに費用と時間がかかる。
以上の書類の特徴は、事実関係の主張と法律の根拠であり、内容は個人的“意見”は理論的には禁止されている。ただし、腕があるバリスターに頼むと、“意見”の部分を誤魔化し、事実関係そうな陳述に見えるように仕上げられる。なお、このプロセスには非常に楽観的にみても、1年間はかかる。
C.訴訟管理段階(Case Management Stage)
主張段階
この段階の中でいくつかの工程がある。
1) 証拠開示(Discovery)= 物証
2) 証人証言(Witness Statement)=人証
3) 様々な中間申請(interlocutory proceedings)例えば
― 相手の訴状について、追加説明、追加補足、矛盾点を指摘するなど(Request for Further and Better Particulars)
― 相手の証拠に対して、不十分の場合は、追加開示させる(further/additional discovery)
― 締切に間に合わない時の、時間延期の申請など
以上の申請に対して、訴訟両者が合意できない場合は、別途で法廷に裁量してもらう
4) 調停(強制であり、両方が和解のために一回は直接話し合いの場を設ける)
5) 両方の弁護士が裁判所の訴訟管理会議に出席し、裁訴訟のための準備が整ったかどうか進展を裁判所に説明し、裁判所の指示(追加の作業)を貰う。
現実には、当事者はケースマネージメント審問の1回だけで作業を終えることはできず、裁判所は通常、ケースマネージメント会議をさらに6~9カ月延期して、その案件が裁判に適しているかどうかを確認するために再度審問を行う。言い換えれば、当事者双方が裁判に必要な作業をすべて終えているかどうかということである。 相手側が訴訟を遅らせるために遅延戦術を採用している場合などは、ケースマネジメントの手続きが2~3回繰り返されることも珍しくない。
セットダウン(裁判の期日を決める)
最後に、訴訟管理会議の最終ラウンドにおいて、裁判所が裁判の準備が整い、双方がこれ以上仮処分申請を出さないことを確信した場合、裁判所は裁判期日(一般民事の場合は、通常4~5日間 なお、もちろん複雑さにより通訳が必要な場合や大量の証人がいる場合は、更に日数がかかる。)を決定する。ファイルの閲覧や束の準備などの事前準備作業が必要となる。
正式審理(裁判)
ソリシターもバリスターもフルタイムで法廷に滞在することになる。
最後に
私自身は弁護士であるが、訴訟をけしかけることはしていない。他に選択肢がなく、やむを得ず訴訟をやるしかない案件は殆どである。実際の法廷まで行くケースは10%もなく、訴訟の役割は良い出口のポイントを探し出し、相手から最大限の譲りと返事を貰うことである。